freee佐々木大輔が爆発的に成長した20代の過ごし方

 圧倒的なスピードで成長するスタートアップ企業。そんな会社の一つに、クラウド会計ソフトを提供するfreeeがある。今回は、圧倒的なスピード感で20代を駆け抜けてきたfreee株式会社 代表取締役社長 佐々木大輔氏(以下、佐々木氏)が30代にいたるまでの生き様と、freeeが求める「タケノコ人材」の姿に迫る。

圧倒的に成長できたインターン時代

 佐々木氏は中学高校時代、ラグビー・バレー・野球などさまざまなスポーツに挑戦してみたものの、長くつづけられたことはなく、達成感を味わったことが全くなかった。1999年、一橋大学に進学。大学の専攻はデータサイエンス。しかし、当時のインターネット上にはまともなデータが存在しない。そこで企業内で保有している膨大なデータで分析がしたいと考え、インタースコープでインターンとして働きはじめた。

事務所の机の下で寝ていた

 インターンなのに日曜に出社し事務所の机の下で寝て、土曜に帰るという生活を送った。学生ながら「世の中に価値を与えているという実感」が持てたことがおもしろく、とにかく没頭できた。そして、企業に「高い期待を持たれていた」から佐々木氏はそれに応える形で成長できた。

「たとえばインターンなのに大手自動車会社に行ってプレゼンをしたり、新しい調査手法を開発したり。一見無茶な要望も、がんばればできるかもしれないと、その時はひたすら勉強してやっていました」(佐々木氏)

freee

 その時に開発したマーケティングリサーチの新手法「PRICE」は現在でも社内で使われている(インタースコープ社は経営統合により現在はマクロミルとなっているが、PRICE2という形でアップデートし使われ続けている)。2年程度の時間だが、圧倒的に成長した時期だった。

期待されている以上の仕事をすることで周りも動く

 学生時代も就職活動と共に終わり、博報堂に就職した佐々木氏。誰もが羨む就職を勝ち取ったわけだが、「インターンのときのような達成感と成長を感じることができなかった」。そんな日々が2年を過ぎた時、彼は突然博報堂を辞めた。

freee

外資PEファンドの日本オフィスを立ち上げ、その後ベンチャーのCFOに

 博報堂を辞めた後、1年ほど外資PEファンドの日本オフィスの立ちあげを経験後、あるベンチャーのCFOとなる。ビッグデータ解析を営む「ALBERT」。27歳の時だった。サブプライム問題による金融市場の不調により、資金調達できなかったが、知恵を絞り、クラウドファンディングの様に様々な投資家達から細かく調達することで、CFOとしての財務的役割を全うした。

プロトタイプを作り、周りを突き動かすCFO

 ある時、社内で新事業のBtoB eコーマスサイト用レコメンドエンジンの企画が立ち上がるが、社内での舵取りを誰もできない状況だった。普段であれば戦略を書いておしまいなのがCFO。ところが、役目を越えプロダクトのプロトタイプを作ってしまったことで、会社の中に化学反応起こる。

「プロトタイプがあることで『これは本当にできるかもしれない』とみんなも思いはじめ、新しい方向性に一つになれる瞬間を体験し、みんなの意識が変わったんです」(佐々木氏)

freee

 必ずできると信じ佐々木氏が行動を起こしたことで、プロトタイプは本当に作れてしまった。そして、周りも突き動かされるように製品は形になっていった。期待されている役目以上の仕事をすることで、全体に価値をもたらす体験を得られたのだ。

自分のためから社会のために。意識を変えた大きな変革

 ベンチャーでのCFOとしての経験が、28歳の佐々木氏にGoogleからのオファーを呼びこむ。そして、データサイエンティストとして数年ぶりに返り咲くことに。ところが、景気の変動で中小企業向けのマーケティングを立ち上げることに。このキャリアが佐々木氏の転機となった。

Googleの中小企業マーケティングを変える

 従来、中小企業マーケティングは営業支援に重点が置かれ、訪問販売しか重視されていなかったが、実際は違った。

「訪問ではなく、オンラインのセールスも活用できることがわかりました。オンラインを活用することで、中小企業に素早く新しいテクノロジーを広めることが出来ることがわかりました。さらにご利用いただいている中小企業の方々は、自分たちの可能性が広がったと実感してくれたのです」(佐々木氏)

IMG 9795

「Googleという大企業にも、まだ開拓できていない領域がある」——新しい課題の発見にワクワクが止まらない佐々木氏。大学時代のインターンからベンチャーまで、従来は自分の成長だけにこだわって生きてきた彼だが、この課題を前に、考えを変えた。

中小企業のテクノロジー化を進め、社会還元したい

 中小企業のテクノロジー活用という経済の課題を解決し、社会へ何かを還元をしたいと考えるようになった佐々木氏。これが起業へのきっかけになったのは、言わずもがなである。

「中小企業のテクノロジー化を進める事は非常に面白い体験でした。しかし、オンライン広告のビジネスは、インパクトを起こせる相手の業種が限られているのが現状。eコマースや町の医院では効果があったとしても、本屋さんにAdWordsを導入して売上が上がるのかというと、必ずしもそういうわけでありません」

 スモールビジネスに普遍的なテクノロジーを活用できないかと考えた結果、freeeが出来上がった。「会計ソフトのUXを向上させる」だけでなく中小企業のIT活用を考えぬいた時、たまたまフィットするネタを過去の経験で持っていたのである。

行き当たりばったりでも、集中することで道が開ける

freee
 佐々木氏は、20代を振り返ってこのように語った。

もともと大きなゴールがあったわけではなく、行き当たりばったりのような20代でした。インターン先の一番大きいお客さんに入社し、イマイチだったから真逆の仕事をしようと投資ファンドに転職。投資をしていたら投資される側になりたいとベンチャー企業に移りました。周りの芝生は青いと、僕はコロコロと転職しながら現在にいたります。ですが、その中で圧倒的な成果を出す事にこだわってきました。やったことのない事に挑戦すると、意外と何でも出来てしまうんです」

真っ直ぐ伸び、したたかなタケノコ人材

 何事も達成できない人は自分の能力を制限してしまっている。そういう人は制限を掛けず、全力でダッシュしてみるべきなのだ。ビジネスは多種多様で、特定の領域だけ見ればスポーツ競技よりも圧倒的に競争が小さいから、自分の可能性をもっと大きく捉えるべきだ。佐々木氏はインターンの経験からそれに気づき、これまでずっとそうやって生きてきた。それは竹のように強く真っ直ぐに伸び、時には厳しい環境に適応し生き抜くしたたかさ。これこそがfreeeが必要として掲げている「タケノコ人材」の姿である。

 では、具体的にfreeeで活躍している人物たちは、どのようなバックグラウンドなのだろうか? 後編ではその実像に迫ろうと思う。

freee
全社ミーティングもできる広いカフェテリア
仁田坂淳史
日刊キャリアトレック編集長。出版社での雑誌編集、mixiを経て独立。出版ベンチャー株式会社ZINEを設立。mixiではFind job! Startupの立ち上げを担当し7ヶ月で100万PVまで育てた。