過労で限界でも会社を辞められなかったある若手営業マンの話

日刊キャリアトレック編集部が転職経験者に「はじめての転職」について聞いてみました。今回は、仕事漬けの毎日を送っていたある若手営業マンの転職エピソードです。

今回お話をしてくれた方:田上さん(仮名)/ITベンチャー企業の営業職 → 大手企業のスマホゲームの企画職

新卒で入ったのは社員80名弱のIT系のベンチャー企業。規模こそそこまで大きくなかったものの、取引先には日本でも指折りの有名企業が名を連ねていました。

裁量の大きいベンチャー企業で法人営業を担当

元々は、社長が個人事業主としてはじめた会社で、ソフトウェアの受託をしながら、少しずつ会社が拡大。

私が新卒で入ったのはちょうどクラウドとスマホが台頭してきた時代です。その流れに乗った商品を扱っていたこともあり、売上が爆発的に伸びているところでした。

入社の決め手は、一人ひとりの裁量が大きかったこと。手を挙げる人にはどんどんチャンスを与える風土であったこと。そして、風通しが良さそうな職場の雰囲気も気に入りました。

私は、他の企業と提携するかたちで法人営業を担当。会社が小さく人数が少なかったこともあり、提携する企業のマネジメントから、四半期ごとに設定する営業の戦略目標の立案、さらには人事の窓口まで、さまざまな仕事を担当していました。

自宅はオフィスから30秒、仕事漬けの毎日

当時、私はオフィスから歩いて30秒の距離に住んでいました。会社の役員と同居していたので、文字どおり仕事ばかりの毎日です。

朝の7時に出社して夜の24時まで仕事。土日もほとんどオフィスで過ごしていました。そんな仕事漬けの生活も、順調だったのは初めの数ヶ月だけ、長くは続きませんでした。

気付かないうちに自分を追いこんでいたのかもしれません。ある時から仕事中に背中からは嫌な汗がでて、手が震えるようになりました。

突然悲しくなって、「いっそのこと、このまま死んでしまったほうがラクなんじゃないか」そう思ったこともありました。

過労で限界だったのに会社を辞められなかった

本当なら、この時点で退職や転職という選択肢もあったはずです。

しかし、そのころの私は社会人として未熟で、誇るべきスキルもなにもありませんでした。

転職活動をはじめたとしても、こんな人材はどこも拾ってくれないだろう。そうネガティブになり、行動に移せませんでした。

そんな中、もうこれ以上は無理だと、ついに病院に行きました。医者にかけられたのは「これ以上働いたら身体を壊してしまう。しばらく休養した方がいい」との言葉。そう言われ、私はハッと我に返ったのでした。

あの時もしもドクターストップがかかっていなければ、今ごろどうなっていたのか。想像するだけでゾッとします。

私は、医師の言葉で「ここから逃げないと気がおかしくなってしまう」と自覚し、転職をすることにしました。

「営業職の必要ないよね?」。僕を救った友人の言葉

もともと、私が営業職を志したのは、いずれ起業したいと考えていたからです。

ですから次も営業職でと考えていましたが、思った以上に営業職に苦手意識を抱いていました。それは体調を崩すほど必死で働いたのに、納得のいく成果を出すことができなかったからです。

考えれば考えるほど「また取引先と話ができるだろうか」「商談で失敗したらどうしよう」と、不安で頭の中がいっぱいになりました。

ある日、そんなもやもやを抱えていた私に友人が言いました。「無理して営業職につく必要ないよね?」たったそれだけの言葉かと思うかもしれませんが、肩の荷が下りたような気がしました。

その言葉がきっかけで、私は営業にこだわらず別の職種でも仕事を探してみようと思ったのです。

現在は大手企業でオンラインゲームの企画担当に

転職先は、スマートフォン用のオンラインゲームを提供する大手企業。

現在は営業職ではなく、ゲームの企画を担当しています。ゲーム内で開催されるイベントを企画し、ユーザーにいかに楽しんでもらえるかを日々チームで考えています。

とはいえもちろん月間の売上目標はあります。毎週のイベントのヒット次第で売上も変わってくるので責任重大。

今後は海外にコンテンツを発信するプランナーを目指すとともに、前から抱いている起業の夢を叶えたいと思っています。

(了)