世界で戦えるプロダクトを日本から。ソニー新規事業を支える27歳の事業責任者が「wena wrist」に懸ける想い

テクノロジーによって人々の生活を豊かにしてきたソニー。ウォークマンをはじめ、人々のライフスタイルを変えるようなさまざまな製品を世に送り出し「ソニー」というブランドを確立してきました。同社は2014年から、Seed Acceleration Program(SAP)という、既存の事業領域外の新しい事業アイデアを集め、育てていくことを目的とした新規事業創出プログラムを発足させています。

新規事業創出プログラム・Seed Acceleration Program(SAP)とは

ソニーの新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(以下、SAP)」は、2014年4月に社長直轄でスタートした社内スタートアップ支援の仕組み。ソニーグループの社内から提案される新たなビジネスコンセプトのスピーディーな事業化を促す形で、さらなるイノベーションを創りだしていくことを目指すプログラムです。

参考:https://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/newbusiness/

新規事業をサポートするSAPの施策のひとつとしてソニーが2015年7月に立ち上げたのが「First Flight」。ソニーが運営しているクラウドファンディングとECを兼ね備えたサイトで、SAPから生まれたプロジェクトの製品開発やチームの様子も公開され、プロジェクトがお客様の声を直に聞いてニーズ検証や商品改善などができる「共想」「共創」の場です。

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https://first-flight.sony.com/

今回は、実際にSAPの中で新規事業に挑戦している2人の事業責任者に話をうかがいました。

1人目は、同社新規事業創出部wena事業室の對馬(つしま)哲平さん。スマートウォッチ「wena wrist」事業を手がけています。新卒1年目にSAPの社内オーディションに応募、通過し、現在は事業責任者として製品を世に送り届けている對馬さんに、製品にかける思いや現在のチーム・今後の展望について語っていただきました。

新卒面接で「ウェアラブルで生きていきたい」と言った

元々新しいプロダクトに触れるのが好きで、大学時代は大学発ベンチャーで働いていました。しかしベンチャーでは自分が作りたいものをきちんと製品化するのは難しいと実感。大学を出てすぐに独立するよりも、大企業に入りハードウェアの量産を学んだほうが良いと感じました。

作りたかったのは、腕時計として長年培われてきた文化や伝統に敬意を払いながら、便利な機能を入れ込んだスマートウォッチ。入社時の面接でも「私はウェアラブルで生きていきたいです」と言ったほど。

ソニーには入社してすぐに3ヶ月間好きなものを作っていいという研修があり、絵を描くところから始まり、プロトタイプの完成まで自分一人で手がけます。研修の成果発表会では、熱意を伝えたところ、審査員の一人が「製品化しましょう」と言ってくださいました。

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スマートバンドの基板を分解してはんだを取り、配線し直した

新卒の研修期間中に提案したプロダクトを評価してもらって喜んだのも束の間。ふと疑問が湧きました。「ここで製品化したところで新卒1年目の自分が新規事業に関わらせてもらえるだろうか?」と。

普通に新規事業を始めるとしたらプロジェクトリーダー、電気リーダーなど社内にいる各部門の専門家がアサインされるでしょう。

でも、このプロトタイプは実際に私が動き、社内の100人からフィードバックを受けて改善を続けた自分の子供のような製品。そんな思い入れのあるプロダクトが、自分の手を離れるのはちょっと違うなと思ったんです。

そこで出会ったのが「SAP」という社内のスタートアップ支援の仕組みでした。2014年4月にスタートした同プログラムでは、ソニーの既存の事業領域にとらわれない新しいビジネスアイデアを募集するオーディションも実施しており、通過すれば社内起業家として自分で事業を起こすチャンスが与えられます。僕はすぐに同期の仲間を集めて応募し、通過することができました。そもそも大企業内の新規事業は初期の段階で社内の人間が大量投入されるなど、いきなり大組織を作るための固定費がかさみ失敗しがち。一方SAPによって、ソニーという大企業でありながら小さく・スピーディーに事業を起こし、回すことが可能となりました。

大企業のブランド力を活用しながら、社長直轄の小さな組織で事業責任者としてベンチャーのようにスピーディーに意思決定する。まさに入社当時の自分が求めていたものでした。

新規ビジネスアイデアのオーディションを通過するのは、数百件の応募の中からたったの数チーム程度。狭き門でしたが無事通過し、現在は事業責任者としてwena projectに力を注いでいます。

目指すのは、テクノロジーを活用しつつ日常に溶け込むようなプロダクト

既存の文化を大切にしながら、新しいものづくりをしたい

私の立ち上げた事業の名前でもある「wena」は、「wear electronics naturally」の略称。「もっと自然な形で電子機器を身に着けてもらいたい」という思いを込めて名付けました。今あるウェアラブル機器はガジェット感が強いデバイスがほとんど。僕らが目指すのはテクノロジーを活用しつつ、既存の文化に溶け込んだウェアラブル機器です。wenaでは、ウェアラブルに特化した事業を行っていきます

wena wristは普通の時計と同じ見た目ですが、バンドの部分はスマートバンドになっています。フェイスとバンドは完全に独立していてすぐに取り外すことができます。

大きく形を変えずに、腕時計が培ってきた文化や伝統を大事にする。そして、ちょっとした便利な機能をバンドの中に入れ込むことを目指しています。現在も腕時計メーカーや、服飾ブランドとコラボしながら事業を進めていて、本と電子書籍のような関係ではなく、腕時計業界と力を合わせて最高の製品を作っていきたいです。

新規事業を培う、ソニーならではの土壌

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とはいえ「作りたい」という思いだけでは、多くのお客様に製品を届けることはできません。その点ソニーの新規事業創出部では、交渉し社内合意を得ることは前提ですが、私たちの活動を後方から援護してくれる強い味方が揃っています。

ベンチャーが失敗しやすい「量産化の壁」を乗り越えられる

多くのハードウェアベンチャーの壁となるのが量産化。たとえばクラウドファンディング・キックスターターで資金を募り、目標額を達成したとしても量産するのは非常に難しい。実際に製品化されて手元に製品が届くのは半分以下だと言われています。

しかしソニーはコンシューマ向けの製品を長年作り続けている企業。さまざまな量産ノウハウが蓄積されています。

ハイレベルな技術者の存在

ハードウェアベンチャーの成功を阻む、もうひとつの壁は人です。

wena wristのバンドにはフェリカのアンテナが搭載されていますが、wenaの思想に共感して一緒に事業を進めているソニーのエンジニアがいなければ、実現するのはほぼ不可能でした。

そもそも日本にこのレベルでフェリカの回路とアンテナを設計できるエンジニアは数えるほどしかいませんし、ましてベンチャーの創業段階では、こうしたひとつのことに特化した専門性の高い人を抱えることは難しいと思います。専門性の高い人は、大企業の奥底に隠れキャラみたいに潜んでいるもの。彼らにお願いして一緒に開発を進めていくことで、高度な技術製品を作ることができます。

アライアンスでの優位性

たとえばwena事業ではシチズン時計さんに腕時計の時計部分の設計・製造をお願いしているのですが、他社とのパートナーシップを柔軟に検討できるのもソニーの新規事業ならでは。ハードウェアベンチャーでは、大きい企業とパートナーシップを結ぶことがとても大変な作業になると聞きます。

新規事業を支援する仕組みが充実

製品化・量産化ノウハウ等、専門性の高い人材が豊富に揃っていること以外にも、プロジェクトを円滑に進めるための色々な仕組みがあります。

たとえばSAPのオーディション通過後には「加速支援チーム」として、1プロジェクトチームにつき、担当法務が1人つきます。通常であれば案件ごとに担当法務が変わる場合が多いと思いますが、顧問弁護士のようにチーム専属のため対応がスムーズです。

このほかにもさまざまな仕組みがあり、他の大企業の社内新規事業制度や社内ベンチャー制度などと比較するとその中では一番進んでいるんじゃないかと思います。

新規事業のチャレンジャーを応援する「First Flight」

お客様とプロジェクトチームのタッチポイントとなるのが「First Flight」。ソニーが運営する、ユーザーと共想・共創するプラットフォームです。新規事業のクラウドファンディングやEC機能を備えるほか、製品開発の様子も公開。ユーザーとコミュニケーションをする場として機能しています。新規事業創出部では、このFirst Flightで掲載しているプロジェクト以外にも複数の事業アイデアを育成中です。

Wena
wena事業室のメンバー(First Flightより)

First Flightの機能を活用しながらも、wena事業のマーケティングや販売はすべてチーム内で手がけています。

職種の壁を越えて一人一人が活躍しているチーム

エンジニアが営業プレゼンをし、営業は製造現場を知る

wena事業のチームメンバーは現在十数名。20代後半から30代が中心です。設計から製造、販売、営業、カスタマーサポートまで一人何役もこなしながら事業を進めています。少ない人数ですべてを行うため、個々人に求められるレベルも高いです。

たとえばエンジニアが自分の製品をお客様に自分でプレゼンして說明するのは当たり前。お客様に言われる言葉の内容だけでなく、言葉のトーンや表情など非言語の部分にこそ大事な情報が詰まっています。試作の時期にはエンジニア以外のメンバーも一緒に実際に製品を自分たちの手で作ってもらっています。自分が売る製品をどうやって作るのか知らないなんて有り得ないと思っています。

また営業やマーケティング担当以外が自分の製品について、卸先や粗利、掛け率など経営管理の知識を持たなくてはなりません。定例会議はほとんどありませんが、そのために定期的な共有の場を設けています。小さい組織のいいところであり、かつ楽しいところだと日々感じています。

「自走でき、真摯にプロダクトを成長させようとする人」たちばかり

今のメンバーも、大企業にいながらベンチャーのような動きができる人たちばかり。いくつかの特徴があると思います。

自走できる人

責任者にいちいち指示されるのを待っていては、早いスピードで事業が回せません。現場の判断の方が正しいことが多いので、自分で判断し行動し報告してもらっています。そして、ちゃんと結果を出すところまでを仕事だと考えるメンバーが多いです。マネジメント側は大きな方向性の判断はしますが、ほとんどの判断は個々に任せています。

プロダクトを見つめられる人

First Flightを通じてお客様の声を聞くこともできます。しかし要望を全部聞いて製品を作ったら、結局誰もが想像できる製品にしかならない。どこまでお客様の声を反映させて、どこまでを聖域にするのかという線引きが、すごく難しい。メンバーにも見失って欲しくない、と思っています。

自分の製品を自分の子供のように思える人

そして何より、自分の製品を自分の子供のように思える人です。チームメンバーは皆、wena wristをただの製品として扱うのではなく愛着を持ち、子供のように愛情を注いでいる人たちばかりです。そういう人と一緒に働きたいです。

日本発の製品として、世界の大企業と戦う

スマートウォッチは現在欧米企業が席巻していますが、wenaも海外市場を狙っています。そのため海外市場の販路を開拓して販売できる人と、海外マーケティングの担当者を募っています。

特に海外の時計販路の開拓や、その契約を取ってきてディストリビューターとのやり取りを全部お任せできるような人を熱望しています。一例を挙げると、商社マンで海外駐在中にプラントの新規契約を開拓した、というバックグラウンドを持つような方だと適していると思います。

マーケターの人は、市場開拓はもちろん、現地のPR会社と共にPR施策にもチャレンジしていただきたいです。仕事をする上で英語は必須で「実際に海外でプロダクトマーケティングを担当していました」という人だと嬉しいです。

どちらも「私の仕事はここまでです」と線引きする人より、スタートアップ向きの欲張りな人の方がマッチしそうです。

日本的な良さを生かしたスマートウォッチを世界に届けたい

wena projectは「今ある既存の文化や伝統を大切にしながら、自然な形で便利な機能を入れ込みたい、そんな世界を作りたい」というビジョンを基に展開しています。第二弾、第三弾の構想もありますが、しばらくは第一弾の腕時計に注力します。

去年の11月にBEAMSとのコラボモデルをリリースしたり、今年の2月にはSEIKOのWIREDブランドとのコラボモデルも発表しました。今は日本のみで展開していますが、今後は海外にも積極的に事業を展開したいです。

ウェアラブル製品の分野では、今はアップルやサムスンのような世界の大企業が「ザ・スマートウォッチ」を武器にトップを走っています。しかし、このwena wristは既存の腕時計と変わらない、日常に溶け込みやすいデザイン。日本的な奥ゆかしさが感じられるプロダクトだと思います。

wena wristを日本発のウェアラブル製品として海外市場に送り出し、アップルやサムスンなど世界の大企業と戦っていきたいです。

對馬 哲平(つしま てっぺい)

wena project 事業責任者。27歳、大阪府出身。学生時代は学内ベンチャー企業で働き、雰囲気とスピード感を体験する。2014年大阪大学大学院工学研究科卒業後、同年ソニーモバイルコミュニケーションズ(株)入社、機構設計部へ配属。入社直後の研修にて、腕時計のバンド部分に機能が集約されたwena wrist の構想と試作機を披露した。その後、“人々にもっと違和感なく、自然に電子デバイスを身に付けてもらいたい”というビジョンを掲げ、有志を集めて業務外での活動を開始。入社1年目でソニーの社内スタートアップ・オーディションを勝ち抜き、ソニー(株)新規事業創出部wena事業室の統括課長としてwena projectを立ち上げた。第一弾の製品であるwena wristはクラウドファンディングで日本記録を樹立し、2016年11月にはBEAMSとのコラボモデルを、2017年2月にはセイコー社WIREDとのコラボモデルを発表した。

薄井千春
編集者。出版社では雑誌の編集記者として150人超のベンチャー経営者を取材する。事業会社で旅行記事のWebライティングを手がけたのちに株式会社ZINEに入社。得意ジャンルは起業・新規事業動向と旅行。最近気になるのはPCゲーム。